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意味があるとかないじゃなくて

君のことが好きだってただ言えるのなら単純だけど

幸せな笑顔が咲く未来がくるよ

 
何度聴いても心臓を握られる感覚に陥るのは私だけでしょうか。
 

JUMPingC4Rのメディア露出用として選ばれ歌われた、『キラキラ光れ』。

最初の頃は純粋な応援ソングというか、ハッピーなポップチューンだと思っていたけれど。聴けば聴くほど、いろんなことを示唆するような曲に思えてきた。
 
 
 
“夢を見る子供たちが増えればもっと”
“可能性満ち溢れた未来はきっと”
夢を見るには。夢を見させるためには。もちろん、キレイゴトの「夢を見る」じゃない。私を含め、今後の未来を担う若者たちが諦めや呆れではなく、希望を持つには。世の中に参加しようと思うには。何が必要?
 
私は、そのための環境が大切だと思う。
夢を見る子供が増えれば、可能性に満ち溢れた未来が待ってる。それが当たり前だと思っている私たちには気付けていない事実があるはず。
そんな当たり前が崩れようとしている今、私たちはもっと敏感に反応するべきなんだろうな。こんなのんびりしたおたくLIFEだって、叶わなくなるかもしれない。一度デビューしたところで、韓流スターみたいに途中足を引かなきゃならなくなるかもしれない。
帰ってくると思ってた人が、帰ってこないかもしれない。
それはアイドルやタレントだけにおける話ではなくて、自分たちに直接関係のある人に関わる話になるかも。そう思うと、そんな可能性は芽であるうちに摘み取ってしまいたいものです。むしろ、芽が出る前に。
 
 
 
“好きなことをしてる時間はとても早く過ぎる 不思議だよね”

不思議だよね、なんて言えてるうちが平和なのかもしれませんね。好きなことができる世界、そんな時間は一瞬だよねー!なんて考えられるこの世界。

愛おしむべき時間を守るために。
 
 
 
印象的なのは、“もっと” “きっと”で終わる二節。その先を作るのは自分たちしかいない。
こんなことを呟いてる私自身、わかっていないことの方が多いという、開けっぴろげにバカ丸出しなわけだけど。
 
そんな私が思うことは、気付かなきゃいけないということ。知らなければいけないということ。
2005年に放送された連続ドラマ『ドラゴン桜』で、山下智久くん演じる矢島勇介がラストでこんなことを言っていました。
 

「知らねぇってことがすげえ恐いって思うようになった」

 
 
心のどこかで思いながらも、でも、知らなくても日常は送れる。そこに甘んじている自分がいる。恐いって思わなきゃ、未来は作れない。
生きられない。
それが、いまの私(たち)には至急、求められている力なのではないのでしょうか。
 
安保法案可決のニュースを眺め、ふと流れてきた『キラキラ光れ』を聴きながら、いま思うことを書き留めてみました。
 
思うところは人それぞれ。賛成も反対も、自分以外の時代(世代)を本当に考えた末の結果であってほしい。負の意味で、自分の感情を握り潰さなければならない時が来ないことを願って行動すれば、この夢も、きっと夢で終わらないはず。
 
 
 

幸せな笑顔が咲く未来がくるよ。