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意味があるとかないじゃなくて

君のことが好きだってただ言えるのなら単純だけど

ピンクとグレー


小説『ピンクとグレー』を読んだ。
年明けに映画化されるということで、つい数日前まで文庫本の帯が映画仕様(写真入りのもの)に変わるまで本は買っていなかったのだが、つい最近地元の書店でも写真入りになったので購入。実際、帯ってそのままだと扱いづらいしカバーかけてしまえば見えなくなるものだけど、グラスホッパーのこともあって(グラスホッパーは写真入りが待てなかった)今回は我慢。宣伝映像が更新されるたびに原作が読みたくてたまらない衝動を抑えていたら、公開1ヶ月前にもなると逆に先に原作を読むほうがいいのか?先に映画を見て“62分後の衝撃”なるものを初見で受け止めるほうが楽しいのか?を考え始め迷う始末。結局、待てない上に順番通りになぞりたいと思う性格のせいで気付いたら本屋のレジにいたけど(笑)

この本が最初に世に出たのは2012年のこと。当時もおたくはやっていたものの、加藤シゲアキくんには何の興味もなかった。「ジャニーズから作家か。なんかわからんけどすごいな」程度にしか思ってなかったし、読むこともないまま現在に至る。そしてまさかの映画化で、主役を我らが中島裕翔が務めるというではないか!
中島裕翔といえば、2013年はドラマ『半沢直樹』で超堅実好青年エリート・中西くんを演じ、今年はドラマ『デート〜恋とはどんなものかしら〜』でも真面目な好青年・鷲尾くんを好演するなど、彼を知らない一般視聴者からも注目を集めるほど若手俳優としての新芽を伸ばしつつある人である。長身でスタイルの良い容姿を筆頭に、魅力あるからこその抜擢だと思うし、JUMPファンとしては嬉しい限り。検索かけておたく以外の人に褒められてるのを見ると、なぜかエゴサしてる気分。なんでや。

そんなことはさておき、結局原作を読んでしまったわけで。“62分後の衝撃”という原作読者にも暗にしか伝わらないような謳い文句で宣伝されちゃあ気にもなるわ、っていう言い訳。『ピンクとグレー』っていうタイトル通り、中間色を纏いながら進む話の感想文も難しそうだなと思いつつ、せっかく読んだものなので読書感想文書きます。(ネタバレも含みます)




と、ここまでが年末に書いて置いておいたものです。お分かりの通り、書けてません。そして年越しはカウコン、年明けはバイトだなんだとバタバタしてたら9日を迎えたわけです(笑)
そんなわけで、たぶんごちゃごちゃになりそうだけど感想書きます。


公開前にどこかで見かけた、「裕翔はごっちかりばちゃんどっちを演じるんだろう」っていう内容のツイートがずっと気になった状態で原作を読んだ。その時点では裕翔はごっちだろ、劇中劇ではごっちだろうし、後半は菅田くんがりばちゃんのままやるんじゃないの?って思ってたけど、実際映画を見たらそんな安直な配役ではなかった。自分の記録のために残しておくと、劇中劇では裕翔がごっち役で菅田くんがりばちゃん役、後半からは裕翔がりばちゃんで菅田くんは成瀬という別の俳優。裕翔が主人公だと言われる所以は、後半からの劇中に視点を置いた時に、劇中劇で裕翔がりばちゃんとしてごっちを演じ、本当は裕翔はりばちゃんだった、ということです(間違ってないかな?笑)。
だからこそ原作ではずっとりばちゃん視点の進行だし、裕翔が主人公と言われているのですね。納得。


話の大筋を理解したあたりで、原作にはなかった酒池肉林のシーンやら噂のベッドシーンが。しかしここまでで原作を読んでいてもそれなりに翻弄されていたので実際あまり気にならず。むしろこれRかかってないのがすごいな!?と思う程度でした(これがひかるくんだったらきっと私は狂乱している)。むしろりばちゃんと一緒に現実のスターダムについていけなくて惑わされてる間に過ぎてしまった感。。俳優・中島裕翔を魅せつけられたー。


裕翔くんの俳優顔に魅了されながら感じたのは、公式サイトや番宣なんかで出てた「62分後の衝撃!」とか「主人公の自殺後、スターダムを駆け上がる幼馴染」というたくさん目にした宣伝文句ですが、そもそもそれは本質ではないなと。姉を想い、姉の言葉「やらないなんてないでしょ」を信じて“白木連吾”を生きたごっちはどこか卓越していて、クライマックスである死んだごっちの霊(?)と話すシーンで交わすやりとりが本質なのかなと思いました。

りばちゃん「全然わからんかったわ!」
ごっち「それでいい」
りばちゃん「お前なんか親友と違うわ!」
ごっち「それでいい」

正確なセリフは覚えていませんが、このニュアンスのやりとりを2.3回繰り返します。ごっちのセリフはすべて同じです。「それでいい」。

親友でも、ましてや知らない人のことなんて正確にわかるわけがない。理解なんてできない。みんなが同じ条件の中で生きていて、それを加味した上で生きて生活していること。世の中には人の数だけ意見があり、そのうちのいくつかが世にウケ広く共有されているだけであって、本質は変わらないということ。その上で、どんな選択をして生きていくか。それがごっちの場合は「やらないなんてない」というだけだった。人間関係の揺るがない根本の事実を見せられたような気がしました。


実は今日大学の講義でこんな言葉を聞きました。

It is never too late to be what you might have been. ーGeorge Eliot

1800年代のイギリス人女流作家の言葉だそうです。訳は、「なりたい自分になるのに遅すぎることはない」。やりたいと思ったことは今すぐにやりなさい、やったほうがいいかなと思うことは帰ったらすぐにでもしなさい。
先生にはそう解説されましたが、まさにそうだなと。何も起こらなければ順当に平穏な明日が来るはずだけど、そうとは限らないわけで。できたはずのことをやらずに後悔して嘆くより、できることは全部やってなりたい自分になる。そこに近づく。

なかなか普段と違うことをするのは面倒だし億劫になるものですが、「やらないなんてない」と決めていたごっちなりの生き方と、りばちゃんの生き方を対照的にいろいろ考えさせられた気がしました。



裕翔くんとしては俳優業がだんだん板についてきた気がする。バレリーノも(まだ見てないけど)予告だけでもめっちゃ笑えそうで、中島裕翔の全力ふざけが最大限に引き出されてそう。
どこかの雑誌で「中島裕翔はグレーをピンクに変える力を持っている」っていうのを見たのですが、本当にそうかもしれないなぁ。