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意味があるとかないじゃなくて

君のことが好きだってただ言えるのなら単純だけど

HBD for Yabu


最年長というポジションにも、時の流れの中には成長するポイントというものがある。そう感じたここ最近です。

というのも、テストも終わり偶然にもバイトのシフトに比較的余裕のある1月末を過ごしていたところに、Twitter上で「#一昔前のJUMP担あるある」なるタグが盛り上がっていたこともあり、4〜6年前のコンサートDVDを発掘してくるという遊びをしてたもので。懐かしき鶴魂からJUMPingTour08-09までひととおり見てました。要は暇を持て余した贅沢な遊びをしてたわけです。

当時は山田担だったために、頭の片隅にある記憶は山田くんの動作・ダンス・カメラアピールがほとんどでした。懐かしいなぁ…なんて思いながらも、現在は八乙女担、ひいてはBEST推しの人間なのでかなりBEST中心に見てました。

7が中高校生、世間一般の男子基準でいうと思春期真っ只中の5人を片手に、お兄ちゃんとしてBESTももがいてたんだなぁ…というのがひしひし伝わってくるような映像でしたね。今だから言えることだけど。どちらかというと若干7寄りの気持ちでいたであろう高木くんや、BEST最年少なりに頑張ろうとしてる有岡くんも含めて最年長ポジションの薮くんにはかなりの重荷があったんじゃないかなぁ、なんて。

Hey!Say! 2010 TEN JUMP(通称:熊魂)では薮ロボットこそ壊れてるように感じるものの、SUMMARY2010はだいぶ劇口調の個性的な話し方してたし。JUMPingTour08-09に至っては最後の「みんな、声出せるかー!」も薮くんが担当してましたし。


だけど、そんな薮くんなりにも最年長としてのポジションなりに少しずつ変わっていたように感じます。自分たちのステージには自分たちしかいない、他の9人を支えなければ、そのステージを成功させなければ。毎シーズン、コンサートを行ってきたJUMPの置かれた境遇なりの気の遣い方があったのではないかと思う。あの笑顔のおかげで隠される責任感や荷重があっただろうに、それを感じさせないチカラが薮くんにはあったのですね。それが最年長のポジションを持ってデビューした薮くんの覚悟だったのかもしれません。

少しずつメンバーが成長するにつれて軽くなっていった薮くんの荷物が乗っていたところに、今は倍の笑顔やキラキラ輝く思い出が積まれているのではないでしょうか。

最年長というポジションが役職だった時代が過ぎたいま、ポンコツキャラは磨かれ周知されるようになった薮くんはますますキラキラしてるように見えます。ステキですね。


アイドルには永遠も定義もないからこそ、時の流れとともにすべては変化する。私たちファンもメンバーも、人間の人生で一番多感な時期を過ごした日々の隣にJUMPがあったゆえに、ひとりひとりの描くアイドル像や理想に悩みながら、Hey!Say!JUMPの薮宏太として闘った時があります。それは、掘り出した時に顔を覗かせる程度のものになるのかもしれませんが、それを思い出す人やモノがある限り、Hey!Say!JUMPの土台を築いた過去は薮くんを輝き続けさせることになるのではないかと思うのです。

そんなに堅い話も似合わないほど、いまの薮くんは煌めいてるんですけどね(笑)


薮くん、26歳おめでとう。